note転載29 楓子ちゃんとトリスタン

「そう、赤いおでこをした楓子(かえでこ)ちゃんだったの、わたし、たくさんの猫たちのスミカになっているというトネリコの木の上で、おどおどと挨拶をする、踊り子ちゃんたちと一緒だったの、わたし、トルコ石トルマリンでできた、何かヒトを不安にさせる木立をかいくぐって、ドリルで武装した子猫たちのトリコになって、かえられないことと、かえれないことのせいで、懐古的な気分になっていたの、わたし――ふと気がついたら、フランツ・リストの編曲した、トロイメライを聞きながら、ちりとりを片手に、閑古鳥の鳴いている小さな本屋さんで、店番をしている、少し客あしらいのとろいことで知られる売り子さんだったの、わたし。――夢見心地で、重いトラウマを負ったなりに一生懸命に生きているみなしごみたいにややこしくて、やんわりとしたヤク中気取りで、訳あり顔で、やさしい物腰で、だいぶ言い訳がましいことがたまにキズの、トリスタン様の恋の虜になっていたの、わたし」

「ねえ、いつカイコされないか不安だったわ。まるでギリシャ人たちに滅ぼされるのを待っている、トロイアの街の住人みたいに。――トタン屋根でできていた家並みは、見渡す限り一面のまち針でできた町並みに突然変異していくの。――針のむしろのような世界で、キセキと現実がやわらかく溶け合っているような、現代のカムイコタンをさがしてあるきまわっていたのね、わたし」

「いつでもそのへんにいる現代的なかわいこちゃん、そういう風に思っていてほしかったの、わたし。にもかかわらず、勤務中でも、夢中になって、トロイカでめぐる北海道の雪景色の旅だとか、五里霧中のオホーツク海をトライカにのって勇猛果敢に突き進んでいく、そんな伝説の流氷ツアーのことなどを考えながら、かまくらの中で、カイコみたいに、シルクでできた繭の中で眠りこけていたの、わたし」

「ふんわりとした雪の固まりと、口から紡いだ繭のふわふわ感にかいならされて、ナナカマドの木の下で、カマトトぶって、いいからもうおまえさっさと俺んとこ来いや!と、トリスタン様に、乙女の祈りを捧げていたの、わたし。――ごめんね素直じゃなくて、トリスタン様。夢の中なら言える、思考回路はショート寸前だったの、わたし」

「プランタンとか、オラウータンとか、それからたくさんのアンポンタンとか、たんこぶだとかに囲まれて。そんなつもりじゃなかったのに、耽美主義者でオタンコナスの、淡白で短気な探偵さんになっていたのね、わたし。ツンデレというよりはツンドラだった、あかんべのんたんみたいに、ノータリンだったの」

「マンダリンオレンジの香りね。のんきな顔をして、マンドリンを弾いている、ロシア人の飲んだくれみたいな、ヤンデレ、アラクレ、テレ屋さん、わたしのダーリン、トリスタン様。世界じゅうの漫画と神話をいいとこ取りして、取りまとめている、二酸化マンガンとスタンガンとスズランの花で華麗に武装した、アフガニスタン帰りの、文壇の異端児、トリスタン様――それからそれから、トロいわたしに、羽毛みたいにふわふわな夢をみさせて鳥にしてくれる、トリスタン様」

「トリスタン様。どうしてそんなに悲しそうな顔をするの?悲しさのあまりに、くやしさのあまりに地団駄踏んで、たたたんたたんとたたらを踏んで、ふいごが加熱し、鋼鉄が出来上がって、鋼鉄を生産できる事によって、周りの文化圏を武力でかんたんに圧倒できる時代なんて、もう2000年も前に終わっているのに」

「その名前は、フランス語で悲しむ人っていう意味だってきいたの、トリスタン様。でもいやになったらいっそ自分で自分に名前をつけちまえばいいんだわ。最初にあるものの方が最後よりもよいものだなんて、だれが言ったの?」

「たくさんの反物とたくさんのタンものとつけものと不届きものに囲まれて、たんぽぽのお酒を調合するの、トリスタン様。ひとくちのんだらランタンみたいに温かくなって、透き通ったオレンジ色に発光してくの、わたしたちは、たんぽぽの綿毛でかまくらをつくって、冬を過ごすの、トリスタン様」

「そう、赤いおでこをしたはらぺこの楓子ちゃんだったの、わたし。オリゴ糖をたくさん含んだ林檎ヨーグルトを毎日食べる、おりこうなこどもで風の子だったの、わたし。ペコちゃんみたいに舌をだして、タケノコたちと一緒にすくすくそだったなよ竹のかぐや姫みたいに、おとぎの国のかわいこちゃんだったの、わたし。つねにうとうとしている弟と一緒に挨拶をしている、踊り子上がりのお姉さんだったの、わたし」

「トリスタン様、あなたのことをいつでも思いながら、色とりどりの、反物を片手に、みかん色をした着物をきて、トタン屋根の広がるゴタンダのビル街の上を、とたたんたたんとステップ踏んで、足を滑って屋根から落ちて、ついでに大学の単位も落としてしまって、友達にノートを借りることを考えながら短波ラジオを聴くのが好きな、時代錯誤的な女の子だったの、わたし」

「時の流れに取り残されて、朱鷺みたいな顔をした、鳥にしか見えないトリスタン様。絶滅危惧種の高貴な悲しみ――だけどあなたのおかげで、わたしたちの周りはいろんな鳥たちやたんものたちで一杯になったの、だからもう、閑古鳥は歓呼鳥になって、小躍りしてるわ。――ヒヨドリ、駒鳥、盆踊り、ダッタン人も、都鳥と一緒になって、踊ってる。横取り、水鳥、相撲取り。囮捜査官たちと一緒になって、踊る大捜査線も、緑色したコウノトリにしか見えないオオトリ財閥の跡取りも、たくさんの取引先と一緒に、踊っているの。いろんなトリが、トリルを奏でて、トリっているの――ねえ、わたしのトリスタン様。あたしの勤める、トロイアの街の、小さな本屋は、鳥たちのための、小さな小さな楽園になったの」

「取り付く島も、なかった空気は、鳥つく鳥の、禁猟区。たくさんの、観光客が、鳥合の集になって、隼みたいに、おとずれて。ちょっともう収拾がつかないくらいに、取り乱していく鳥たちだったわ。――とりあえずあたしは、夢見る間もなく、てんてこまいを、踊っていたの」

(2017年)

 

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