散文詩
わたしは無でできている、その無は世界がわたしの中で裏返しになることで成立している。わたしは裏返しだった。つまりかつてわたしがわたしだと感じていたものの反対側にわたしはいるのだった。 昔は自分を畸形のように考えていた、でも実際には畸形でさえな…
様々な細部に至るまで、まことしやかにカミ宿らせて、宿り木みたいに清らかに、宿るヒタイに秘められて、さかさになった、五月雨みたいにしらしらと、鳴りそめている、樹の子のムスコたちが、樹の葉のムスメたちが、むすびついてはコケムシて、言祝ぐように…
いつでもどこでも、シラフのふりして、知らんぷりして、ブラフをかけてしまう、いつでもどこでも、大事なことを、しらべもしないで、しらせもしないで、しらをきってしまう、とってもすなおな、わたしたちの愛は、ミロクのシルクの糸よりも、地獄の天からお…
ひとさらひらいた、人さらいたちや、人たらしたちや、人さらしたちが、人さがしたちが、出没するって、そういう噂の、ヒンガシの野に、龍たちの棲む、彼岸へむけてのかぎろひが立っていた。 * * * ひらひらと、薔薇色とスミレ色になってゆれている、日向…
わが子は十余になりぬらん、巫(かんなぎ)してこそ歩(あ)りくなれ、田子の浦に汐(しお)ふむと、いかに海人集ふらん、正しとて、問ひみ問はずみ嬲るらん、いとをしや(梁塵秘抄より) * * * 彼女は人魂の霊力を増幅させる、いにしえからの能力を学ぶ…
すみだ河、にかかっている、言問橋(ことといばし)の、袂にたって、自分の由来をこととい始めていたの。おととい、生まれたばかりのわたしのことをことほいでいた、朝露の球面によじれて、ほころびはじめている、木苺たちの庭園に向かって、したように。 顔…
「センモンカ、たちのあいだでは、あまたの異論が、ホウセンカ、みたいに、はじける様子で、入れ子状になって、はじらいながらまどろんでいる、イロンという名の、ヒミツの古城が、情緒不安定気味に、複雑怪奇な旋律を奏でる、そんな呼子笛を吹いている、小…
「そう、赤いおでこをした楓子(かえでこ)ちゃんだったの、わたし、たくさんの猫たちのスミカになっているというトネリコの木の上で、おどおどと挨拶をする、踊り子ちゃんたちと一緒だったの、わたし、トルコ石とトルマリンでできた、何かヒトを不安にさせ…
「ニセキレイな黄鶺鴒(きせきれい)が奇跡の霊になって奇声をあげている、蒸し蒸しした湯圧のふしぶしで、赤い色の紅玉たちに点綴されている、水のような宝石になった虫たちがつぎつぎにしたたっている、雨林(うりん)の合間で、アマテラスの花をちぎって…
平坦な水面から、白い蒸気が浮かび上がっていき、天上から引っ張られていくのに従って、そろそろそろそろ、という風情で、ゆるやかに、たおやかな速度で曲線から直線になっていき、あたりをひょろひょろ見回してから、抜き足になって、そろそろそそろと歩い…
――小さな白い絹糸たちが、うつむきがちに、明滅している、しんしんと、幼い鳥の羽根音みたいな音が、ずっと続いている。窓の外では、しとしとしとしと、雨が降っている、水素と酸素の混ぜ合わさってできた、あの顔見知りの球体たちは、連綿とした白い糸たち…
青褪めた顔をして、みどり色をしている、風の分子たちは、喉と鼻腔に痛みを与えた。 彼の空間は、一度にすかすかになってしまった。 浸透圧が一気に低くなったような気分が、自分の体中を内側と外側から、被覆するように包み込んでいくのを感じた。あるはず…
散らばる事をやめない太陽の光の自然さを感じていた。けれどもそれは普段のようではなかった。おぞましいくらいに、やさしくて明るく、冷たい輝きだった。――僕は自分自身の心理的なリアリティーの中にあまりにも沈みこんでしまった、そう彼は感じた。――風景…
あめつちの、はじまるころから、あわのようにさきみだれている、あねもねに、あけびにあざみにあいりすのはな、あかつきの、あえかなひかりのあやおりもように、あたためられて、あけがたいろに、そめられている、あぜみちを、あせばむからだであるきつづけ…
1、レシート わたしは昔、テーブルの上に、放って置かれて、丸められているレシートの塊みたいに、ぽつんと一人で生きていられたら、どんなにいいかと思っていたっけ。でも、その思い出のイメージも、今はもう、短い言葉に纏められ、くしゃくしゃにされ、球…
ほのじろい水のつぶてが、たわたわとうちつけてきて、気立てのよかった裸の気分を、すっかりこそぎ落としていく。かすかな衝撃の連続が、自我を繰り返して消滅させては再生させていく。向こうで開いた、脱衣所に通じるドアのむこうに、見覚えのある女の影が…
皿から皿へ、次から次に、ナイフが、フォークが、フルーツナイフやフィッシュナイフが、サラダフォークやミートフォークが、映って、移って、何度でもきらめていく、いろいろな人の顔つき、でも、誰の顔かは思い出せない、瞳から瞳へ、フォークが映り、ナイ…