note転載34 セクレタリーズ・セメタリー

 ひとさらひらいた、人さらいたちや、人たらしたちや、人さらしたちが、人さがしたちが、出没するって、そういう噂の、ヒンガシの野に、龍たちの棲む、彼岸へむけてのかぎろひが立っていた。

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ひらひらと、薔薇色とスミレ色になってゆれている、日向の国の、高千穂の街は、街ぜんたいが陽だまりになって、あかたたくなった、もういちど天孫降臨でも起こりそうな、神秘的な夜明けだった。

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 霧のたちこめる山道の入り口で、その片隅で咲き綻んでいる、オダマキの花、その花の形をあしらっている、古い箪笥の、鍵のかかった、引き出しを開けると、彼女のたくさんの秘書たちが、小さくなってかさなっていた。

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 それはまるで、抽斗に棲んでいる式神のようだ、などと思いながら、彼女は裸足で、狭霧たなびく夜明けのひだの、膝丈まである雲居の小道を、さまよっていた。

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 雲の上に、セメタリーを作る彼女は、彼女自身のためのセクレタリー。聖なるもののせいで誠実な犠牲者になったみたいに、不条理な暴言を水のように浴びて、被害者たちの情緒不安定気味な清潔さにそまっていた。

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 それは、皮膚の底で、冷気のせいで鳴り響いているサイレンみたいに、時報のような正確さで罪を告げた。朝露に濡れたその罪は、お墓になってしまった人たちに、つける薬の見込みを知っているみたいに、呑み込みの早そうな口ぶりだったから、彼女はまるで、自分ひとりが、何もしらない居心地だった。

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 その街に住むひとびとは、たくさんの暗号文で書かれた秘書たちと一緒に、ナナカマドの実でお酒を醸造し、彼岸花の咲いている片隅に供えていた。

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 ナノカマエ、わたしの片割れ、意識になる前に、事実に変わる前に、うまれそこなった沢山の秘書たち、生まれていくのはたくさんのお墓。

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クレタリーズ・セメタリー。

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 火葬場の煙突から白い蛇のようにのぼっていく道。そのかみの、雲の上に据えられている、黒い御影石たち、ゆがんだかたちのかけらたち。もう月は、光をなくして、傾いている。

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彼女にとっての、果敢な恋は、簡潔な言葉で終わりを告げた。

柑橘類の――花の驕りを薫らせながら。

 

※ヒンガシ=東。かぎろひ=夜明けの陽射しを意味する古語。セメタリー=共同墓地。cemetery。セクレタリー=秘書。Secretary。高千穂=九州にあるが、日本神話にて高天原の神が降りてきた(天孫降臨)とされている場所。

 

(2017年執筆 2018年完成)

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