note転載24 さよなら、ミゾノクチのえきで、澄んでいるひと

あなたのかんばせの道沿いは、
柵と策とで囲まれていた。
その溝の口の駅に
水のように澄んでいる人が、
自分をポケットから落としてしまった時にできた、
切り傷のついた、
縁取りを気にしながら
正しいことを言っているのに、
いつでも
気圧されてしまうから、

わたしはあなたを傍目から見ていた。

もっと奥地に散策したら、
括り付けられている、
たくさんの色をしつけられた短冊たちに、
しるされた短絡をくぐり続けていただろう、
ふりさけみれば、

あなたはまるで、
自分の無実を信じているせいで、
自分が実在なんてしないことを
まざまざと信じ込まされているせいで、

いくら謝罪しても水のように流れて、
忘れていってしまう
自分がそこにいるのだと言うけれど、
   
信じたらあなたは、
いなくなるのだと知っていた。

しらじらとした
蔓草たちに看取られた、
しめやかな謝肉祭の夜更けに、
叢雲の彼方に建てられた村々との、
はすむかいにある、
蓮の花々に飾られている、
ミライのことも、

きっとわたしは、
わすれてしまう、
かすれてしまう、
すすいでしまう――
東雲(しののめ)のように、
イヌの言葉をしのいでくれる、
鏡みたいなウケザラをさがして、
わたしはそうして、
ウソつきになった。 
  
あなたはいつでも、
見えないものでからだを洗いながら、 
それが溝の口の檻の中から、
こぼれ落ちては、
こごえたように固まっていくのを
見ていた。
 
倣い終えた筈の、舌だとか、人だとか、ひとりだとかの、
飼いものの飼いかたをおさらいしながら、

一体どれほどの理由を、
どこかの浅瀬に落としてしまったの?

見えないイヌたちの鳴き声に溺れながら、
死なないための言い訳を、
まくらことばのようにずっとさがして、
急かすような声で、
茶化すような手で、
とても優しそうな言い方で
手渡した。

受け取ったわたしにかすかにしみついていた、
使い捨てのソフトコンタクトからは、
消毒液の、痛々しい香りがした。
 
ひとり浸りになっていたから、
あなたは今も、
自分の言えないことを言って、
あなたを罰してくれる、
わたしからのメールを待っている。

衰えていく冬のような眼のしたで、
おそろしかったの?
おそろいの話し方をする、
わたしたちのことが。

返事がきてくれて嬉しかったとあなたは言った。
ひとりきりの水のなかで、
氷のように融けてなくなってしまうよりは、
この方がいいと言った。

わたしがただの言葉になってしまえば、
もう囚われることもなくなって、
安心してしまいそうな自分が怖かったと、
あなたは言った。

わたしたちはただの言葉になって、
もう誰からも気づかれることはないのだとあなたは言った。

――わたしはあなたをうらんでいたし、うらやんでいたし、さげすんでいたの?

わたしたちは火をつけられないから、もう誰の夜も照らさない。

わたしたちには、手がつけられないから、真相を紐解いていく、手がかりもない。

――だから、もう誰もわたしたちのことを、痛めつけたりすることもない。  

(2017年)

 

------------------------------------------------------------------------------

note転載の詳細についてはこちらでどうぞ⇩

予定を変更します。 - Keysa`s room

 

2002年から2018年までに書いた詩や小説などをnoteにまとめました。 - Keysa`s room