note転載21 喪に服する

彼はあの冬にここからいなくなった
そしてフィクションの世界の住人になった
彼がたどり着いた場所について、きみは考える

きみはこの寒い星にきた異邦人だと感じる
なぜ人に意識があるのだろう
どうして人は、うまくいかない時にだけ
理由を考えるのだろう
彼は命を狙われていると言う
それは、けれん味のきいた冗談みたいだ

この世界には悪が存在することを彼は信じていた
いまきみは、抽象的なものは
人の心の中に存在するような類の現実だと
信じている
悪は主観的なものだと
でもそれは、だからといって存在しないことにはならない
主観的な悪は、客観的な具体物よりもずっと簡単に
人生を狂わせる

悪を体現した人間が自身を拷問にかけようとしていると彼は信じていた
彼は入院し、父親に連れ戻される
きみは彼の事を気にかけていたのに、
彼がどういうことになっているのか分からない
どういう風に接すればいいかわからない

ネット上に書かれる言葉のリアリティを
文字にされたものがどのくらいの情念を託されているのかを
感じ取ることができない
それから最後の踏切に行くまで
それほど時間はかからなかったことを
きみは後になってから知った

あの時声をかけたとしても
あの時ひきとめたのだとしても
また別の時に同じことが起きていただろうと言う人がいる
いまきみは直感的にそれは違うと分かる

どれくらい追い詰められれば人がそこにいくのかを
今のきみは前よりもかんがえることができる

彼は最後にきみの置き忘れたマフラーをきみに手渡す
その前日には似顔絵を描いてくれる
そして苦しんだことを話してくれる
これからは都心の公園で似顔絵を描いて生きていくと言う
実家には帰らないという

彼は見栄を張る
彼の見栄は半永久的にSNSに残っている

棺に納められて
彼は眠っているような顔をしている

きみはまるでよくできた剥製のようだと感じる

これは彼なのにここからは彼はいないような感じがする

きみは彼が消えた踏切を過ぎる

きみはいつか
彼が恋人のことで苦しんでいたことに強い共感を覚えていた

きみは遠く離れていても
この地面を通じて
周りの人たちと自分はつながっていると感じていた
その人たちのなかに彼は含まれていた

それはきみの思い込みだった

車窓の向こうは
清潔な朝だ

まるではじめて
未知の土地にまで連れてこられたみたいに
西武新宿線の沿線の道は
雑草たちで
瑞々しくきらめいている

空は高い

どこまでも青い

きみは居心地の悪さをぬぐうことができない

人のことを語る時その人は物語の登場人物になる

綺麗に片づけられて、
きれいに形がつくられることは
まるで清掃された事故現場のようにしか見えない

精神病者は自殺において、自らの死を的確にとらえる」

と、彼のメモには書いてある

的確に、整理されたことばかりにかこまれて

きみは自分のことも整理しなくてはいけない気がする

そしてそれは苦しみだ

整理してはいけないこともあるのだときみはかんがえる

きみは彼に対して、教えてほしいと思っている

彼はもう、とても多くのことについて、きみよりも知っている

それと引き換えにして

彼の家族は嘆かなくてはいけない

彼の家族は喪に服さなくてはいけない

彼とつながっていた人たちのすべては、

自分の中に生きていた彼を喪うことで、

自分の何かを亡くしてしまうのだから、

彼はもう、この世の人ではなくなってしまったのだから

きみもそうして、彼の喪に服さなくてはいけない

彼と一緒に生きていた

その頃の自分に、

今さよならを言うために

(2013年に執筆 2018年推敲)

 

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