note転載2 シャワー

ほのじろい水のつぶてが、たわたわとうちつけてきて、気立てのよかった裸の気分を、すっかりこそぎ落としていく。かすかな衝撃の連続が、自我を繰り返して消滅させては再生させていく。向こうで開いた、脱衣所に通じるドアのむこうに、見覚えのある女の影がそっとたたずんでいる。なにもいわずに、見るともなしに、こっちを見ている。――だけれどわたしは、スポンジみたいに、カッテージチーズみたいに、体中に穴をあけられて崩れ落ちていく自分自身を省みている。なんの痛みも感じない。しだいしだいに輪郭をなくして、消耗していく石鹸みたいに、なめらかになって。――ひんやりしているタイルを浸して、ひろがっていったら、いまはすっかり、あつみがなかった。そう、わたしの皮膚は、シャワー器具から降りそそいでくる、あたたかい雨たちのおしゃべりに、ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃ、心地よさそうに、ただあいづちをうっていた。――むせかえるようなタイルの匂いとうすい水垢の匂い、それから石鹸の匂いがした。数分前の、過去の中から、シーザーサラダのトマトの匂いがやってくる――何かゴムのような匂い、パセリや胡麻の、クルトンの香ばしいパンの匂い――誰かの声と誰かの声と誰かの声と――若い男女とこどもの声だ――にぎにぎしそうに話す声。くんでほぐれて、たがいの体を引き離しあってはまざりあう、人の声――けれどもシャワーはずっと出しっぱなし。浴槽は泡であふれかえっている。人工的な、小さな雨音は、時が経つにつれて一層大きく響いていって、室内を覆い尽くしていく。玉虫色のくちもとたちが、とぎれた声で、ぷつん、ぷつん、と、つぶやいている。

微塵な気配の、合間を縫って、とたたん、たたん、と、乾いた足音が、あたりに響いてすぐ消える。二階に通じる階段を、誰かが急いで駆けていく。

(2007年頃から執筆し2012年に完成)

 

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