note転載13 雨の婚礼

――小さな白い絹糸たちが、うつむきがちに、明滅している、しんしんと、幼い鳥の羽根音みたいな音が、ずっと続いている。窓の外では、しとしとしとしと、雨が降っている、水素と酸素の混ぜ合わさってできた、あの顔見知りの球体たちは、連綿とした白い糸たちをたくさんつくっている。

――次々と地面に吊り落とされていく、透明たち。慥かにつめたい質感を、白く薫らせ、形を崩して流れでていく、しめしめとした音たちは、なんの具体的な表情も見せない。――彼女は言う。表情を見せないあのひとの足先は人形みたいになめらかで、その足指はほのかに紅らんでいたの、と。

――あのひとと話すと、まるで霜柱を踏みつけて歩くときみたいに、さくさくさくさく、ひんやりとして、爽やかな悲鳴が空気中にたちこめていくの、と彼女は言う。いつでもあのひとの背中では、少し熱のある夕立がさめざめと降り続いている、そう彼女は言う、自分は、涙のせいですっかりやわらかくなった透明な星たちを、両目から美しくにじませているのだと。

――あたしたちの体は白く解けて、蜃気楼のように、きらびやかな城壁を映し出しているの。その城は、あたしたちの魂の中で息づいている、そのせいであたしたちは、息もつけずに、青白くなっているのに、内側から、暖かくなっていくの。――悲しみに似ている音楽に満たされた、泡のようなきらめきの中で。――無に満たされている瞳の中で。

――その城の中ではきらびやかな婚礼が行われて、天使たちは雨のようにくちづけを捧げる。水たまりをつくることも知らない、硝子のような雨、でも寒さを感じることのできる皮膚にとりまかれている、そういう雨。 

――くしけずられたように、視界のすべてに、鏡の霙が降っている――有機的に生きている冷ややかな、反射率の高い鉱物たち――受肉したわたしのしずかな理念は、空気に触れていくたびに、あまりにもたやすく酸化していき、廃墟のような栄光につつまれて、燃えている。

――わたしたちの結晶はさらさらになって、白々と流れでていく――あたりはすっかり大気の石鹸に磨かれている。そこかしこでふんわりと生まれてくる、色艶のかかった透明な半球たちがいっぱい隠れている。

(2006年頃から執筆し2017年頃完成)

 

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