note転載14 水性少女

平坦な水面から、白い蒸気が浮かび上がっていき、天上から引っ張られていくのに従って、そろそろそろそろ、という風情で、ゆるやかに、たおやかな速度で曲線から直線になっていき、あたりをひょろひょろ見回してから、抜き足になって、そろそろそそろと歩いていく。

向こうで四、五匹の、白い尾ひれのレースの集まりがプランクトンを食べている。

どこまでもたちあがっていく光の糸が、水よりもなめらかなもので組成された支流たちが、身をそそぎあって、途方もない規模の、大きな河を形作っている。――わたしたちの體は、ガラスの管のように脆白く澄んでいる――生命を運んでいく、わたしの皮膚を流れている動脈は、時のゆらぎの陽炎みたいに、あわあわと波打ちながら。――ここからずっと離れたところで、魂の抜け殻になった羽虫たちが、数珠繋ぎになって、つめたくなったペンデュラムのようにふらついている。――水銀でできた人形の、膚に浮き出た脊髄からは、とても明るい翅が生えている。時のない光の白い驟雨に打たれながら、わたしたちの體は、洗練されて、新鮮でやわらかい石のように、純粋になる。するとたちまちのうちに、何かさびさびとしたものが全身にこびりついて、全身を被っていく。――とても美しい光のセロファンの、粘着していない表面に、わたしたちはくるると横になる。とてもやすらいだ細身の体は、口の端をくいっと吊り上げて、アルカイックな微笑を形づくっている。――ぐるりの大気は常温でなめらかに凍結して、そのなまなましい体躯を保存していく。――わたしたちはまるで、押し花にされて、ヴィニールの栞の中に綴じ込められた、妖精のようだ。茎のようにほっそりとした身体に、雛菊の花のほのかに赤い香りがふんわりと降りていく。通り過ぎていく香りは一瞬だけ振り却ってわたしを見やった。空気が冷えて、少しさむいと思った。でもそれは誰にも言わないでおこうとひとりでに感じた。――はじめはちいさく密集していたぬくやかさが、しずかにしだいに大きくなって、うすらいで、一つ一つの粒が離れて拡散していく。

とるとるとるとる。せるせるせるりせるせるり。――それはたしかに、随分馴染んだ感覚だった。

(2007年頃執筆をはじめて2017年完成)

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