note転載10 木造アパートの幽霊

中央線の、高円寺駅から北口を十五分程度歩くと、街の賑わいは消え失せて、昭和の匂いをそこここに残した、人通りの少ない――鄙びた街並みが顔を覗かせます。――小さな建物の入り組んでいる、奥まった場所には、長屋のような、旧い集合住宅があります。

その古い木造アパートの軒の庇には、薄汚れたベージュ色をしている雨樋がついています。その雨樋は、プラスチックパイプでできていて、端の口からは、血のように紅い、瑞々しい液体が、ぽとぽとぽとぽと滴り落ちてきます。

その水の色は、たとえば、浅い傷口が開いたばかりの時にかぎって、すうっとひと息で挨拶してくる、そういう手合いの、血の色を思い出させましたが、そのせいでわたしは、少し不安な気がします。
はじめはゆっくり、しだいしだいに速度をあげて、それは地上に落ちていく。

――するとそいつは、次第次第ににほとばしり流れて、着地するごとに、じゅわじゅわじゅわじゅわ、炭酸のような音をたてていました。

――そうしてそいつは、濃い湯気のような蒸気を吐きだしていました。

その湯気のような蒸気は――4月の暖かくなってきた春の日光を、ワンピースみたいにきれいさっぱり着こなしていました。つまり、純白色やクリーム色の、きらびやかで淡い雰囲気をほのほのと醸しだしながら、きらきらきらきらと、砕けたガラス瓶のように、声も立てずに笑っているのでした。
――蒙ヶとするその隙間からは、今までどおりの紅い流れが、あたかもこどもの滝みたいな姿で、次々に着地していきます。

庭の景色は、奇妙な温泉のような光景に様変わりします。

――すると右手の方から、「あれは誰ですか?」と、おずおずとしている声色が聞こえました。――その夢のなかでわたしが振り向きますと、そこにはまるで、アリストロメリアの花のように、かわいらしい姿形をした、若い女の人が、どこからともなく現われていました。
――花のように見えたのは、そういう色の着物を着ていたからです。全体的に小作りな体つきは、古風な日本人といういでたちです。
と、彼女は振り向けた首の顎をくいっとしゃくりあげます。
何かと思ってそっちを見ますと、左手の物陰に、なにか黒々とした動物がうずくまっていて、どうやら彼女はこの生き物にサインを送っているらしいのでした。

――そのはっきりしない曖昧な獣には、どこにあるのかもやっぱりはっきりしない両目が付いていて、合図に合わせてぴかぴかと青い光を点滅させているのでした。
最初はモールス信号かと思いましたが、あまりにも信号が規則的すぎたので、それはテレパシーか何かだったのかもしれませんでした。

ははあ、こいつは何かの宇宙人だろう、とわたしは思いました。
すると、どこかから「いいえいいえ、違っていますよ、わたしは宇宙人なんかじゃありません」という声が聞こえてきました。
そこでわたしは、「ははあ、こいつは何かの幽霊だろう」と考えてみます。
すると今度は、この推定幽霊からはなんの反論も聞こえてはきませんでした。

だからやっぱり幽霊なのだろう、とわたしは思うことにしました。
そうして確定幽霊と、少女の様子は、そこらじゅうの鉢植えで咲いている、萩の花を透かして、うっすらと見えるのでした。
ああ、秋だなあ、と、わたしはなんとなく思うのでした。

(2012年)

 

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