note転載33 歩き巫女

わが子は十余になりぬらん、巫(かんなぎ)してこそ歩(あ)りくなれ、田子の浦に汐(しお)ふむと、いかに海人集ふらん、正しとて、問ひみ問はずみ嬲るらん、いとをしや(梁塵秘抄より) 

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 彼女は人魂の霊力を増幅させる、いにしえからの能力を学ぶのがしきたりの、神代からつづく由緒ある家系に生まれ育った。ふるふると、身振り手振りで身震いしながら、振り分け髪を、振り乱し歩く、黄金色の、火にくべられていく、小人たちや恋人や鯉(こい)人たちのつぶやきを、告げ口している、柘植(つげ)の木の、ほのかにまあるいお花糸(かし)みたいに、可笑しなつけまつげをしていた。

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 首をかしいで歩く、おさげの彼女は、月の女神の血を引いている、歩き巫女だった。宝石になった心臓を首飾りにして、田子(たご)の浜辺で塩を汲みながら、干からびたウミヘビの死骸をつかって、占いをした。油揚げにとびついていく狐憑きになったり、煙水晶でできた子ぎつねの首をした月の妖精になったりしながら、つま先立ちをして、よちよちと歩いていた。白雪色に、ほろほろとした匂いと一緒に、脳裏に浮かび上がってくる未来の風景を、透視しながら。

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 あらゆる記憶のレイヤーを伝って、アカシアの木の下で、虚空蔵菩薩真言をとなえながら、アカシックレコードを垣間見ながら、めまぐるしく震えている、ヤグルマギクのような彼女は、休日になると、もう色とりどりのオニキスでできた岩肌にしか見えない、くる病にかかった鬼たちと一緒に、駒をくるくる廻して遊ぶのだった。

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 彼女はまるで、石の中から生まれたみたいに、神秘の力をひめているよう、それはもう、竹から生まれたかぐや姫にさながら、桃から生まれた桃太郎にさながらだった。

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 高天原から捨てられた、ヒルコたちが次々になめらかなトルコ石になって、流れに削られ、堆積岩のようにつぶらになっていく、穏やかな川辺を、彼女は歩いていた。そこは武蔵小金井のはずれにある野川の土手だった。

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水襞は、アヤマチを犯した天女たちの白い羽衣のよう、月下美人の花の色のよう、いつか前世で生き別れになった、彼女の姉妹たちの浮かべる微笑のように、見知らぬ光を、しらしらと浮かべていた。

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 玉蟲色の、光の暈は、それにつられてひたひたと揺れていた。かすかな砂金と、山の桜の花びらを、化粧みたいにちりばめながら。

 

(2017年執筆 2018年完成)

 

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