note転載18 エデンの林檎のアップルケーキ

ひとつの戯曲を思いつく。
「エデンの林檎のアップルケーキ」って、いうタイトルの戯曲。
その舞台では、原罪は砂糖漬けにされている。
知の背徳は、シナモンの匂いを薫らせる。
――苦い紅茶で口直しするために、人類は荒野に追放される。
荒野でハーブを育てるために。

楽園の蛇は、神様専属の気まぐれなパティシエ。
神様は、甘いものを独り占めするイヤな奴。
苦い荒野で、人類は、たわわに実ったお菓子の楽園に恋い焦がれている。

聖書には、お菓子にまつわる宗教的なエピソードが書いてある。
甘いお菓子の来歴も。
それからそれから、信仰の力で天国にいって、
楽園の氷砂糖をつまみ食いする方法も。
――天国は綿菓子でできている雲の上。
あとは美味しいケーキとクッキーの焼き方が書いてある。

――地獄の炎のオーブンで、お菓子は焼かれる。
罪を犯したお菓子たち。
煉獄の炎で焼かれると、後は冷蔵庫にいれられる。
自分が綺麗な化粧をされて、
シートを敷かれた白いお皿に、盛り付けられるのを待っている。

神学論争とは、お菓子の焼き方についての、食べ方についての、飾り方についての、
それから最後に、テーブルマナーに関しての、議論の異名だ。
緻密な論理をひけらかす代わりに、緻密なお菓子をひけらかす。
神学理論や弁論術を、繰り出す代わりに
味覚と嗅覚と視覚で織り成す
キッチン仕込のレトリックで、
ミントやフルーツのハーモニーを、作り出す。
こうして出来上がった、神様に捧げる敬虔な建造物は、
教会の形に焼いたクッキー。
何にも知らない子供にだって、その意味がわかる。

ちなみに和菓子については、古事記日本書紀に書いてある。
ヘシオドトスやホメロスには、ギリシャ菓子。
コーランは勿論、アラブ菓子。
論語老子は、中華のお菓子。

キリストは、富山の薬売りならぬ、ベツレヘムのお菓子売り。
――ただでお菓子を配る奇跡は、パリサイ派の菓子職人たちの怒りを買った。
神の王国は近づいているって、イエスが言うと、みんなは思わず生唾を飲み込む。

聖餐式のパンとワインは、イエスの肉と、血だっていうけど、
彼の体は、ケーキでできてる。
その血管には、ルビーみたいな色をして、ダージリン紅茶が流れている。
キリスト教が、貧しい人たちに支持されたのは、
お菓子を食べる、お金がなかったそのせいだ。
ペテロは貧しい漁師の生まれで、奴は魚しか食べたことがなかった。
――だから初代のローマ法王になれたんだ。

パウロは空中にイエスの幻を見て、熱心なキリスト教徒に改心した。
それはその時空中に浮いてるイエスの体が、スポンジのせいで、
いかにもやさしくフワフワしていて、
奴はそれが食べたくなって仕方がなくなっちまったのさ。

ユダの奴は、生きたお菓子であるイエスの事が食べたくって食べたくって、
でも食べられなくて、まるで鼻面に人参をぶら下げられたロバみたいな気分だったから、
適当なことを言って、美食家揃いのローマ人たちに、生きたお菓子を売ったんだ。
金貨三十枚でね。

だけどお金が欲しかったんじゃないよ。
――ショーウインドウに売っているお菓子になんか興味がなかったんだ。
背徳の苦さは、蜜のように甘くて、まるでハチミツ入りの、紅茶のようだ。
罰を受けると、条件反射は唾を涌かせる。
それは罪の苦さと、それに隠れた蜜の甘さを薫らせる。
それはナザレのイエスのホットケーキを、いつも自然に思い出させる。
蜂蜜もしくはメープルシロップのかかった
ホットケーキのヴィジョンをね。
だからこそユダは、裏切ったのさ。
背徳という名の、奇妙なお菓子を味わうために。
――ちゅうど泥棒作家のジャン・ジュネが、盗みと男娼と刑務所と裏切りに、
逆さまになった聖性を見ていたようにね。

キリストはみんなの原罪を、みんなに代わって引き受けた。
あいつのことを食べたのは自分なんだって、みんなはそれから思うようになる。
そしてさっきよりもこころなしか暖かくなった、自分のお腹を手でさすりだす。

エスの名前が聞こえる度に、唾液腺は涙を流す。
涎という名の、あんまり美しいとは言えない涙だ。
眼を潤ませて、林檎よりも淡い色をした唇からは、淡い七色の涎が滴り落ちる。
礼拝堂の、ステンドグラスの聖人伝を映し出しながら。

修道女たちや、信心深い乙女たちの様子は如何に可憐なことだろう!
神様の実験室の生み出した、パブロフの犬みたいな女たち!
彼女たちはみんなの憧れの的さ。

ちなみに無神論者のことを説明すると、彼らは痩せ我慢をする人たちのことなのか、
自分が神様に成り代わって、
地上の紅茶と天上のお菓子を独り占めしようとする人たちのことなのかで、
ちょうど異論の分かれるところだ。

厭世家たちはこういうよ、人からお金や尊敬を無心することにしか興味がない人たちは、
訳知り顔になってこういうんだ。
――人間の文化なんて、神話なんて、宗教なんて。
おつむの弱い神様の犯した、出来損ないの、おかしなお菓子に過ぎないんだってね。

おんなじ調子で、資本主義社会に絶望した社会学者たちは、
お菓子工場の労働者たちと一緒になって嘆きあう。
俺たちは大量生産されていく菓子詰めにすぎないんだって。

でも人はパンだけで生きている訳じゃない。
美味しいお菓子が無きゃ駄目さ。
雲の上にある、神様の工場で、
天使たちがいそいそと飛び回って働いているお菓子工場で、
できたお菓子がなきゃだめなのさ。

ねえ、すべての人類の中にいる、腹ペコになった子供たちの合唱が聞こえるよ。
三時のおやつがほしいんだ。
つぶらな瞳は訴えてるよ。
食い改めよう、神のみ国は近づいてるって。
救いを求める魂の叫びさ。

そういうわけで。
食い改めよう。
お菓子を作ろう。
みんなのお腹を喜ばす、祈りのこもった綺麗なお菓子を。
お菓子を作って一緒に食べよう。
緑茶か紅茶もなきゃだめさ。

それがおかしな荒野に追放された、僕たちの――
パティシエ的な、栄光なのさ。

(2012年)

 

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