小説

note転載30 想像の別れ

1 大勢の人たちが、慌ただしそうに歩いていく。その人影に、紛れるみたいにして、僕は、橋本駅に立っている。そこは西口の、JRから、京王線へと続いている、乗り換えのための連絡通路だった。 急ぎ足の人たちでできている、温度や靴音や、構内独特の、かす…

note転載20 石田三成とアセンション

それは随分古い、昔の話だった。まだ帝(みかど)が京の御所におわして、けれどもこの国の権力は武家政権のものだった時代の、遠い話だった。時代の趨勢を決める、大きな合戦が関ヶ原で起きた。血と硝煙と、人馬と土ほこりとがあたりに立ち込め、悲鳴と怒号…

note転載19 躑躅の花と、存在しない一橋学園

――するるするると、曲がりくねって伸びていく、蔓草たちに取り巻かれている、にぎやかな街角が、そこにあります。 様々に着飾った人々の群れを縫うようにして、どこまでもどこまでも歩いていきます。 そうしてそうして、曲がりくねった坂道を昇ると、濃い緑…

note転載16 地下鉄とおにゅそと食べっこ動物

1 記憶の奥底に、黒い漏斗のように広がっている、地下の世界には地下鉄が走っている。地下鉄は、蟻塚の中身のように、複雑な迷路のように展開されている。 ――わたしは、その地下鉄の中にいる。遠くから見ると、きっと、小さい、こども向けの人形のようにや…

note転載15 織野姫子のモノローグ

さまざまなもの思いに耽りながら、わたしはしだいに眠りについた。するするするする、ゆるやかにしずかに、吐き出されていく蜘蛛の糸みたいに。織野姫子、という名前で呼ばれる、普段の自分から、遠ざかって。そのくらがりから、たちこめてくる水の匂いは、…

note転載10 木造アパートの幽霊

中央線の、高円寺駅から北口を十五分程度歩くと、街の賑わいは消え失せて、昭和の匂いをそこここに残した、人通りの少ない――鄙びた街並みが顔を覗かせます。――小さな建物の入り組んでいる、奥まった場所には、長屋のような、旧い集合住宅があります。 その古…

note転載9 風子の記憶

――履いている靴のつま先のあたりで、微かな土埃たちと一緒に、湿気の抜かれたそよ風が、そよそよとふきつけてきます。そこいらにまばらに生えている、淡い色をしたイネ科の植物たちは、鋭い葉先を繊ケと鳴らしています。 植物たちは、そうすることで、風の精…

note転載8 蜘蛛の転身

春の夜だった。上野公園では外灯の照明が仄かに呼吸していた。瑣末な動きが秋爾(しゅうじ)の目にとまった。――植え込みの躑躅の茂みでは、上下左右に込み入っている木の葉や枝枝の間隙に、透明な投網でできた足場が、十重二十重にも指し渡されていた。そこ…